グアム地元住民のリアルな姿 アメリカ人にならない理由

「日本に最も近いアメリカ、南国グアム。」

こんな宣伝文句を見たことはありますか?

皆様もご存知の通り、グアムは正真正銘のアメリカ領土。それは間違いないのですが、多くの地元民はアメリカ人になれないでいる。なれない、というより「なりたくない」の方が正解かもしれない。

これの答えが分かる、先日アガニアエリアで行われたパレードをご紹介。

FANOHGE / チャモロ語で「立ち上がる」の意味

「立ち上がれ!」のサインを掲げた地元民。

どう考えても何かを訴えかけてるよね?

広場に集まりアメリカからの独立を訴える老若男女

この日、大きなラッテストーンが目印で、副知事事務所のある広場に、チャモロ人を中心とする子供からお年寄りの男女が集まり、グアムのアメリカからの独立を訴えた。

チャモロらしいコスチュームに身をまとう地元の人々

そう、先ほどの「立ち上がれ」のサインは地元民へのメッセージと、アメリカ政府に対する、「私たちは既に立ち上がっている」という想いだったようね。

独立運動に参加する子供たち

アメリカからの独立を訴える集会は過去にも行われてきたけれど、今回は初めて道路を一部封鎖して約1.5kmを行進(マーチ)。これに集まったのは数百人というニュースを見たけれど、間違いなく千人以上はいたと思う。

そして、チャモロ人が中心となって実施されたマーチには、チャモロ人だけではなく、グアム在住のマイクロネシア人やフィリピン人もこれに参加。これはつまり、チャモロ人の熱い魂に感銘を表しているということ。グアムで生まれ育ったチャモロ以外の人も、人種を問わずチャモロを尊重し、島に敬意を払い、グアムで共存しているということがハッキリ分かる。

ちなみに、この運動は政府許可の下ではなく、地元団体によって発動し、学校や会社など各団体も集結。グアム知事もこれに参加し共にマーチをしたそう。

広場からハガニアまで行進する地元民

でも何故、グアムの地元民はアメリカからの独立を訴えるのか?その大きな要因の一つは、以前にブログで少し触れた米軍基地の問題。もうこれ以上美しい土地を私たちから奪うのはやめて!なんなら返してくれ!という切実な想い。

そして、強いられるアメリカの法律に対する反感

例えば、所得は低賃金なのに対し、米軍移設などによる家賃の高騰で地元民が暮らしにくい環境(低所得の所帯を支える為に、福利厚生・高賃金・家族への手当が魅力な米軍に入隊していく若者も少なくない)。

さらにこの年表を見てみて。

グアム 年表

1565年〜スペインによる植民地化(333年間)

1898年〜アメリカによる植民地化(43年間)

1941年〜日本による占領(3年間)

1944年〜アメリカへ返還(現在まで75年間)

紀元前3000年頃からの原住民「チャモロ」の人々は1565年から454年間占領されていない時代がない!のです。454年前って、日本で言ったら安土桃山時代ですよ!!こんなに昔からグアムはグアムではなくなり、今でも解放されないままなのです。

地元民からしたら、グアムをそれぞれの国の事情で乗っ取られ、さらにそれらの国の法律をそれぞれの時代に強いられ、故郷にいるのに違う国にずっと支配されている状況なのよ。アメリカに「なりたくない」と冒頭で言ったのは、誰にも支配されずにグアムでありたい!という純粋な気持ち。

美しい自然・人々・島を守りたい、という活動が起きるくらい、ローカルに愛されるグアムはやっぱり天国のような楽園であるということも覚えておいて欲しい。

Si Yu’us Ma’ase, Coco(ココ)

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